7(2)江戸時代 大腸がんは?

肉食を離れた以降の、食の変化を見ていきましょう。

 

江戸時代

やがて食生活が贅沢になり、一般町民もこぞって白米を食べるようになった。ビタミンB1不足による脚気が発生。浪速、京都に飛び火、恐れられた。米ぬかを利用してつくられた糠味噌漬け(ぬかみそづけ)が、偶然日本人を救った。

 

明治時代

政府先導で欧米人に見劣る体位向上のため肉食が盛んに。牛肉は文明開化のシンボル「牛鍋」はブームに。しかし、鎖国がとかれ文明開化の波が押し寄せても食生活に大きな変化はなかった。日清、日露、昭和の戦後にも軍の糧食として漬物が食べられていた。

 

大正時代/昭和時代

相変わらず和食が主流だった。昭和10年の1935年京都小学校調査。昼弁当の20%弱が漬け物、ついで卵焼き(12.3%)、乾きもの(9.5%)、煮しめ(7.2%)、塩鮭(7.2%)

1955年頃、上記改善のため畜産を復興させて畜肉、牛乳などの摂取を奨励し、食生活の洋風化が進められた。1975年頃、エネルギー、ビタミン、無機塩類など過不足なく、バランス良く採取することが最重要視された。

このあたりから、何かヒントが見えてきました。美味しさのみを求めるグルメ志向になり、そして成人病もやってきたということ。
しかも1950年代後半(昭和30年代)は、まさに高度成長時代。冷蔵庫が、白黒テレビ受像機や洗濯機と共に三種の神器の一つとして爆発的に普及した時代ですね。貯蔵できる機能が肉食を後押ししたのは間違いないと思います。

 

それを裏付ける記述を発見しました。

 

Q.大腸がんが増えたのはいつごろか?

1950年ごろ。冷蔵庫が普及した頃から。昔は肉が食べられなかった。日本の病気の傾向は、アメリカから30、40年遅れている。穀物や野菜中心の和食から、肉類を中心とした高たんぱく、高脂肪食、低食物繊維食に変わったためと考えられている。ガン、糖尿病、循環器障害。欧米でははるか以前から問題になっていた。アンバランス改善のため、野菜食が見直されるようになった。

やはり脂肪の多い肉食が本格的に入ったことが原因だったのですね。サラダもアンバランス改善として入ったとのことですが、各種のビタミンや無機塩類、食物繊維など生で食べられる種類は限られます。(サラダは淡色野菜が多く、緑黄色野菜は少ない)

 

Q.脂肪がなぜ大腸がんにつながるか?

  • スペインや日本からロサンゼルスに移住した人の大腸がん発生率は、自国よりはるかに高いことがわかっている。
  • 肝臓が脂肪分解、吸収するために出す胆汁。これのつくりすぎで腸に入ってしまい、腸内細菌の代謝でできた産物に発がん性があるのではといわれる。(大腸がんと脂肪の因果関係はまず間違いない。1日の総摂取エネルギーの18-22%に抑えることが望ましいとされる。)
  • 加齢により質の悪い細胞をつくることが増える。公害、ウイルスなど

 

ダメ押しですね。年齢的な問題も多少はあるでしょうけど。

では解決策はあるのでしょうか?

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8.解決策とされるのは?-->