神道とか仏教とか聖書なぞ

言志四録 101から150の感想

今年最後の京都勉強会では、動画生中継配信と感想文は言志四録、憲法十七条を学びました。

かつて不安定だった回線も、ファーウェイルータ一部含む3回線をファイアーウォールで1本に束ねることで、盗聴防止と高速受発信の両方を実現出来て、一切途切れず、スムーズに配信できたと思います。(今回モバイルで閲覧される方用に、少し解像度は落としましたが物理上は4K配信も可能な転送レート)

以下、今回の感想文を自身の忘備録のために残します。

さすがに西郷隆盛の遺訓集「南洲翁遺訓」の元になっただけあって、学びが深いですね。国力がもっぱら急下降中のアメリカ。彼らに高額の上納金を払わず、守りを固めた上でファーウェイの国と組む方が得策かもしれないと思いつつ。

101 人倫は重し その2 p.123

ある人は自分の前言に対して疑っていう。聖人に近いと言われる成王と周公が3監を討伐したのは国家重んじて、人倫を軽んじたのではないかと。自分は答えていう。そうではない。山叔(さんしゅく)は、、武庚(ぶこう)を助けて成王に、反逆した。このことは周の祖先の文王、武王に背いたことと同じである。成王と周公はどうして自分たちの先祖のために、その反逆人を討亡しないで、これら3人のなすまままにし、、その悪に組することができようか。即ち、成王、周公は人倫を重んじたためである。

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  • 文王の子–>武王=太子発
  • 成王–>幼い武王の子
  • 武庚(商の王子)

宮城谷先生の公太望を読みましたが、その国の歴史を少し知ってことわざを見ると、ぐっと身近に感じますね。

商を討った武王が亡くなった際に、その子(成王)とそれを支える弟(周公旦)から天下をもらおう(周王を奪おう)と管叔(かんしゅく)が動き、生かしておいた商の王子である武庚を敬う東方の力をまとめ、野望をむき出しにしたのがきっかけ。

そもそも、商の受王が支配していた当時、祖霊を崇拝し、神のメッセージは祭祀しか受け取れず、しかも各国の神を奪い、壊して自身の神だけを尊いものとした時代である。それを(太公)望や、周公は、上と言わず、人の声こそ天の声とし、民意のために考え、聞くことを政治手段に用いた最初の王となったのが武王である。

戦いでも相手にに術をかけることから始める戦習慣を覆し、四頭立ての兵庫を作り、軍事に用いてわ戦略的に軍を動かした最初のトップともされていたことに驚きました。

 

105 無用の用 その一 p.128

世の中の物事は自然の成り行きでそうならざるを得ないものがある。とかくすると学問があると称する人はあるいは人の行うことを排斥し無用無視するそしてことに、天下には無用の物もなければ無用の事もないことを知らない。学人が排斥して、、無用無視するものが大いに役に立つことがある。

もし人間の衣食住に何ら役に立たないものは皆無用であると考えるならば、天の上はなぜ無用のものを数多く作ったのだろう。用材にならない草木、食用にならない鳥獣や虫魚などがある。天が果たしていかなる用途を目してこれらのものを生ぜしめたのか人間の考えが及ばない。易経に「顎のヒゲを伸ばして儀容を飾る」とある。そのヒゲも、何の役に立つものであろうか(われわれはそう簡単にものを考えてはいけない自然の成り行きと言うものがあるのだ)

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政治家やビジネスにも置き換えられますね。

堤さんの新書「日本が売られる」を読んでますが、
ミツバチが大量に減っているニュースを見かけたことがありましたが、農薬が影響しているようです。

アメリカのバイオメジャーはすっとぼけながら、ミツバチを殺し、人体にも影響ある薬物を売り続ける。ミツバチいなくなれば、ロボットミツバチが作られていて、変な方向の対処療法がいつまで続くか、持つか、怖く感じます。

不要どころか必要なものを壊して、不便を作りげ、さらに金儲けをする原動力にするバイオ科学メジャーの行く末を案じます。

 

112 欲を漏らすな p.138

草木に生気があって、、日に伸び茂るのは、草木の欲である。草木の枝葉が伸びるにまかせれば、欲が漏れる。だから、枝葉を切れば、生気が根に返って、幹が太くなる。

人間身体の欲にまかせると欲が漏れる。、欲が漏れると、精神が消耗して、霊妙な働きができなくなる。故に、欲が外に漏れるのを防げは、生気が内に蓄えられて、心は霊妙な働きをし、身体も健康である。

–>力があるからといって、分散していると無駄が起こる。

確かにオリーブの苗木を鉢植えすると、横に広がり、高くなる特性はあるものの、人間が介在して切っていかなければ好き勝手暴れる生え方をします。そして見た目も美しくない。生い茂ったがために太陽から隠れ光合成しにくいエリアが生まれます。

本来持っているものを無駄にするという非効率そのものかもしれません。
やはりビジネスも選択と集中が必要ということかもしれません。

 

137 p.172 死生と変易

生物は皆死を恐れる。・・・天が我々を生み、そして死なすのだから、死生は天に任すべきもので、恐れないで良いのだ。・・・春を持って始めとして、、これを、たずぬれば、、それ必ず冬がある。冬を持って終と、なしてこれにかえれば、それ、必ず春がある。死生はこれに類するものである。

–>これが究極の言葉ですね。西郷さんも、南洲手抄条項 言志録に列挙されてました。、お借りした身体を大事にして、目的を果たしたあと、、お返しする。亡くなれば車椅子も、、肢体不自由もなくなる、というから真理に違いありません。

解ってはいるものの、やはり凡夫は個が、欲求が、出ていてこれを忘れる。想いだしつつほふく前進するのが人間なのかもしれません^_^

神道とか仏教とか聖書なぞ

能楽の源流「翁舞」4Kほぼフルバージョン編 奈良豆比古神社 

予期しないトラブルへの対応力 随分日が経ちましたが、国の重要無形民俗文化財、能楽の源流と言われている「舞」を今月の初め10/8に観ました。 場所は奈良駅からバスで10分ぐらいの奈良豆比古神社で「翁舞」という演目でした。約