我々の祖先はどのような理想の下に国造りを行い・・・

今日は十七条憲法の勉強会。生中継で音声トラブルがあって、無線の弊害は間違いなく、急きょカメラマイクに切り替えましたが、また宿題が出てしまいました。

鏡はものを映し出すもの。物事を明らかにする行為そのもの。つまり智であり、照らし出すという作用も伴っている。

三種の神器はそれぞれに役割があり、その中の自己反省を促すものである。反省がない=責任がないことであり、ただたんに生きているだけの動物と変わらなくなってしまいます。じゃあ何に向かうかといえば、この歴史がそれを指し示していて、その道に適うべく自分の役割を乗せていくことこそが物事が上手くいく秘訣だと思います。

まさに政(まつりごと)とは、国の歴史を鑑みて、その特性に従って人を活かすこと。ですが、残念ながら信念なく動く政治家を見ながら、十七条憲法をつくった聖徳太子が何を感じているか、その思いに心をはせてみたりします。

写真は、聖徳太子の道を継いだ菅原道真さんが、かつて住んでいたお邸、菅家廊下(かんけろうか) の学問所の跡地にある京都の菅大臣神社(天満宮)写真です。

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