「楽毅」 宮城谷 昌光さん著に学ぶこと

楽毅と書いてがっき と呼ぶようです。中国の戦国時代の伝説の偉人で歴史的戦略家のようです。GoogleMapでは北京のあたりに墓がありました。

宮城谷さんの本を読むのも初めて、少しかじった程度の三国志を除いて、中国の戦国時代の本を読むこと自体初めてでした。しかし日本の信長、秀吉、家康の読み飽きた歴史物語と比べ、本人視点のこれは読みごたえがありました。

まだ文庫の2巻ですが、小国の宰相子供の立場ではじまった楽毅の生き様は、学ぶべきところが多く、かつ国の王たる君主その取り巻き政治の中心にいる人間がどう生きるべきか、まさに日本の国会議員にこそ読ませるべきものだと確信した次第です。むろん経営者にも。

gakki1

 

1巻の全体的な感想

国のトップは国を憂い、理想をかかげて、大略をもつべき。

国民の生命と財産を守り抜くことができるのであろうかという視点は、誰にでも 持てるものではないけれど、一人ひとりが考えるように仕向けるのはやはりトップの姿勢なんだと思います。

そして毎回同じ戦略が通じるほど甘いものはなく、常に研鑽に研鑽をかさねていろんなものを吸収するから、古いが新しいものが出来るのだと思います。そして一人では何も実現できないため、国を富ませ兵を強くするために人材を求める姿勢も大切だということ。

いずれにせよ、命が危ういときには、本能がむき出しになるように、おのれのままに動いた方が間違いがない次元まで引き上げる。風や水、草や木との対話をへて自得のものになる、つまりすべてを味方につけることが、道を進む前提なのかもしれません。

 驚くべきことに この現代の日本においても東日本大震災の多くの避難民が避難先で差別、イジメを受けたといいます。ただでさえ精神ダメージが大きい彼らに国から援助をもらっているだろうと子供に100万も金を持ってこさせる子供もいたことが、これからの日本を危うくしています。

しかしこういう三次災害的な逆境必ず彼ら、彼女の血となり肉となるはず。彼ら彼女たちを採用する企業は飛躍するのは間違いないのだと思い知らされます。

 

参考になったところの一部抜粋

p34
生まれて死ぬまで同じでありつづける人などどこにもいない。孫子の兵法にこだわると負ける。かつてあった戦いはこれからの戦いと同一のものはなく、兵を率いるものは、戦場において勝利を創造しなければならない。

自分が中山の宰相になったら国民を戦火におびえさせず、国民の生命と財産を守り抜くことができるのであろうか?

p77
つま先だって望むことを企望(きぼう)という。
あぁせっこうは偉い。孟嘗君もうしょうくんが、武力を用いたと言う事はあまり聞かない。しかし天下の君臣は敬い恐れている。

p85
どうせ中山も魏もちょうも滅ぶ、その、滅びの上に立てばそれらの繁栄は何ら羨ましくはない。たとえそれが成功を収めたとしてもその人々はどれほどの賛辞を呈するであろうか。人はそれほど甘くない。

p98
がっきの、内通者の汚名をこうむっても、民を救うてだてを講ずるべき。

p121
この度の戦いに例えれば、わしが将であり、、なんじが軍師である。と、道を譲った、たがいに、ゆずりあって路を進み、、堂に登った。

これこそ礼だ。

p143
商のとうおうや、周の武王である。
彼らが等しく行ったことは、国を富ませ兵を強くするために人材を求めたことである。天下を狙う者は必ずそうする。

p161
命に関わる時はおのれのままに動いた方がよい。風や水、草や木との対話をへて自得のものになる。

p243
武零王は慎重で…年月の厚みをもった戦略をわずかな時を利用する戦術が打ち破るのは困難である。…中山は武を誇りすぎて怠ってきたことが多い。成功するものは、平穏な時に危機を予想して備えを始めるものである。

p275
真の名君は、臣下に聴き、臣下を信じ、臣下を敬う人である。

p290
国家を立てるか、君主を立てるか、自分を立てるか、民を立てるか、、せつこう は自分を立てている二、すぎない。がこれにより他の三者も立っている。

その信念こそ「仁義」

p301
中山にははじめに大略があったということである。

p306
中山王は中山君なのである。-->なかやまきんにくん? ^_^

p331
軽蔑の中には発見がない

p336
国家も人も滅ぶ時は内から滅ぶ

目配りは自分にも行わなければならない。…あらゆる時と場とが、自己の研鑽のためにあるようなものである、もしも自分が非命に、倒れるようなことになれば、己への目配りを怠ったためでえり、己の中で道が行われなくなったせいである。

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