飛び道具合戦になってきた

何度か触れていますが あらためてこの世の中は、飛び道具合戦になってきたと思います。

例えば大好きな政党の選挙活動を応援するために、各人が見返りを求めずあちらこちらに出かける
候補者も党の運営側も、良い拡散であればウェルカムであり、自身の交通費と時間を使って全国を飛び回り、それぞれ個人が所有するスマホでライブ配信を行う。

彼らは閲覧者とコミュニケーションをしつつ、エンドユーザ音声が小さいと言われれば音量を調整しつつ、世界のどこかで閲覧する人々と距離を縮めていく。もちろん密度、クオリティと共に 仲間も増えていく。

まさに現代の飛び道具を持つものと持たないもの、そして何よりも、発信するコンテンツを持つもの、持たないもの、いやどうしても伝えたいんだという熱意があるものと、持たないもの、単なる時間消費のためにそれを眺めて茶々を入れるもの・・・いろんな人々がそこに混在して、ある種飛び道具合戦を行い、それを見あっている。

 

消費活動はユーザが主導権

大きく昔と違う点は、ユーザ側からのフィードバックが大きな市場を作っていくということ。
名もなき路上歌手がNHK紅白で華々しく歌うように、もうCMが購買活動の起点になることはほとんどなくなった。もちろんファンとの交流は続くものの、企業に雇われて好きでもない商品を紹介するものに、捕まる消費者はいなくなったとも思える。

方言OK,全国言葉は違えど まるで戦国時代はこうであったかのように、槍が鉄砲に変わり、やがて通信機器とカメラに変わり、アクセス数やチャンネル登録数、そして収益などを争う陣取り合戦を行っている

土地のように有限でないので昔よりチャンスはある?

それを行うものは武将だけでなく、ただの一般人であったり子供だったり、はたまた動物だったりと、もう縦横無尽にコンテンツが飛び交っていて、それに打つ抜かれたものたちがそこにはまっていく。ペット癒しを求めて一本見てしまうと、タイムラインがペット動画で溢れる地雷AIもある。

いずれにせよ時間はあっという間、有限であり、可能な限り良い選択をして、正しい良い情報を得つつ、良い時間を過ごしたいものです。

何よりも神道では時と場所、位置、時処位相応の対応を正しく行い続けることが大切だと説かれています。

ということで、明日は空を飛ぶものたちの汗と涙の結晶、輝く未来を学べそうで楽しみです。

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