言志四録3

勉強会の宿題である読書感想文。

P.184
154 権貴に対す その1
「付記」自分よりも上位にある人に対して自分の考えを述べる場合は、とかく固くなって言うべきことがいえない。しかし、それではいけないというのである。どうして固くなるか。これは「身びいき」ではなかろうか。上位の人にも下位の人にも対等に話し合いたいものである。

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相手にオーラが見えるのは、実は相手側ではなく、自分の眼にかかっているということ。つまり、創業社長であるとか、数千人を束ねる経営者だとか、偉業を示す肩書とか、TVの画面越しで見ていたとか。

しかし、相手と会う時間が長いと、例えば日常のダサい部分を見続けていると、自然とオーラが消えて、親しみが出て、相手の癖も解り、何でも思った通りに言えると感じています。

 

155 権貴に対す その2

人は心のうちに、勢力や利益を得ようなどという野心を忘れ去って始めて、権力者や貴人と対等で話ができるものである。

--> IRで中国におもねる 逮捕後も開き直る議員の姿をみれば、現代は権力者側の資質にも問題があります。一方で救急救命など、シンプルかつ、命の前では、雑念は消え去り、良くしたい、困っている人に尽くしたい、という思いだけが共用されます。これは年齢や立場は関係なく、それぞれの立場すら越えてアイデアや最善を尽くせると思っています。

1年前、乳がんステージ4&骨髄転移、さらに肝臓に転移し、余命2か月とされた女性の癌がほぼ消え去ったのですが、だんなさんが顔出しインタビューにOKを頂き、抗がん剤の怖さと、何をしたかを赤裸々に発言頂けました。

立場の弱い人に対して何が出来るかという1点で、だんなさんは共感し、それをチェックした医者を含むメンバーと、より映像のブラッシュアップをはかろうとしていますが、そもそもPRでないから商品名は出さないし、ご主人の話のメリハリが良く、結果、現代の医療の在り方に一石を投じるものになりそうで楽しく思っております。

P199
169 己に恥じざれば人は服せん

自分のいう言葉は自分の耳で聴くが良い。自分の立ち居振る舞いは、自分の眼で視るがよい。自分でみ、自分に聴いて心に恥じなければ、人もまた心腹するであろう

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上手くいけば今、実施中であろうテレビ会議システムzoom。まさに自分の立ち居振る舞いが、カメラで捉えられ、記録で残る。この恐ろしさたるは、まさに鏡のごとく、結局己を超えていくことでしか、進化はないのだと思わされます。

 

P.219
189 物が集まるは人為的、事が赴くは天為的

物がその好む所に集まるのは、意識的に行われることで、人為的である。事が予期しない所に行くのは、人のどうしようもないことで、天為的である。(人はどんなことが起ころうが、驚かないように常に修養を積むべきことを示している)

-->まさに中国武漢ウィルスの発生、オリンピック危機、観光業大打撃、イベント中止など、世界同時多発災害の発生は、政治や各国の政に対する姿勢が見える天の為のお試し事のような事象のごとく思えます。

きっかけは金儲けや、緊急事態条項の成立など、何か裏があるようには思えますが、少なくても日本国はウィルス対策よりもオリンピック最優先で、突然の学校閉鎖など見苦しいほどの対処療法を繰り返し、民のための政治をする国と、そうでない国、そして国同士でのパワハラ立ち位置が明確になったように思えます。

民間の方も観光やホテル、不動産など活況していたところは、一気に冷え込み、、先が見えないように見えますが、ユーザを大事にしたところは、応援者がいる。武漢で目立っていたのは日本企業。外資は早々に撤退したが、顧客がいる限り、店を開け続けて周辺の顧客、従業員ともども信頼を勝ち取っている。

当社もイベントでいくつもキャンセルが入りましたが、ピンチはチャンスで、バンドのYoutubeライブや、実験してきたzoomの引き合いや、感染症対策の洗浄液など、追い風感が出たように思えます。とにかく本書で習っているような逆境を、味わいつつ、じっくりと対策を練る時間を無駄にしないようにしたいと思います。

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