もっと言ってはいけない(後半)の感想

勉強会での感想文。前回に引き続き、「もっと言ってはいけない」から

p.132 アポリジニのIQは55-60程度とされている。
空間記憶能力を図るテストで、白人100として119だった。

–>食べ物の地産地消と同等に、役割や特性に合わせて能力が作られている。
まさに種の部分。これに良き肥料である縁が加わって良い結果が出るとは書かれていないのが残念。

生得的か文化かというより、親からの遺伝子と、それこそ小さい頃からの経験、その場所での実践ある学びが形成しているのは間違いなし。こう考えるとヤマトコバが、音でいろんな、意味をつけていたものを、漢字にしてしまうことや、、ましてや、英語を積極的に、やりすぎるのも文化の損傷になる。手旗信号や、モールス信号などの時代はボケが少なかったように思えます。

絵が上手い人、声が綺麗な人と、、広げていくと、優劣を決める必要がないことが、解る、世界中での競争となると感性が必要だから、脳直結の直観力が求められているのが面白いと感じます。

ちなみに腸内フローラ分野では、パプアニューギニアは、セロトニンが多くうつが一切ないと言う
ウンチの量 / 日:パプアニューギニア人(1kg)>日本人(125~300g)>米国人(60~90g)

p.153
日本でも暖かい地方で二毛作が行われてきたが、亜熱帯の中国南部や東南アジアでは三毛作も可能だ。

–>貧しくても食えるという、これこそが地域に人を集めた理由、効率的なイノベーションを産んだきっかけだと思います

オオカミ社会で一匹オオカミは実は悲惨なようです。同様、村八分になれば生きて行けなかったから相手の立場を考えて、協調性を養い、良好な関係を作る必要があった。先祖のお陰で奪い合いがなくなったことや生への感謝の念が生まれ、祖先崇拝や、和の心が醸成されたのかと思います。大嘗祭で米にスポットを浴びるように、神も一体となり豊作を願う儀式や行為をみんなで役割分担しつつ行うことが神道の礎にもなったと感じます。

しかし金第一主義のグローバルで古き良き文化が忘れ去られ、かつ家族葬や親戚の集いが減少した結果、祖先崇拝や神に向かう気持ちが薄れ、種子法改正などで脅かされている現実に恐怖を感じます。

 

p.173
言語的知能が低いと(いわゆる口下手だと)世界を脅威として感じるようになる何らかのトラブルに巻き込まれたときに自分の行動を相手にうまく説明できないからだ。

言語的知能の高い子供は見知らぬ他人との出会いを恐れなくなり(怒られても言い返せるから)口下手な子供は親族や友人の狭い交友関係から出ようとしなくなるだろう(自分の行動説明する必要がないから)

->これはものすごい発見だと感じる。デジタルとネットのお陰で、引きこもりになるのもネットだけで世界を閉じても生きられるようになったから。ネットで得た知識で表面だけだから、世間に出て他人とやりとりをしても感覚がズレている。コミニケーションが成り立たず、破綻する。ネット右翼などネットでの炎上問題や誤った吊し上げで個人を攻撃してしまう。解決としては、アナログ的に会って話すしかない、原点回帰。

p.188
「遺伝決定論」を否定したヒットラー。

わが闘争の中から有名な一説を引用しようそこで私は我慢してこの種のマルクシズムの新聞記事を読もうとしたがそれに応じて険悪感が無限に大きくなってくるので今度はその総括的な悪事製造者をもっと詳しく知ろうとした発行人を始めとしてみんなユダヤ人だった私はどうにか手に入る社会民主党のパンフレットを買ってその編集者の名前を調べたユダヤ人だった私はほとんどすべての指導者の名前に注意した議会の代議士を問題にしても労働組合の初期を問題にしてもまた組織の議長街頭の先導者を問題にしてみてもそのほとんどの大部分が同様に選ばれた民族に属しているものたちであった。

–> ヒトラーはむしろこの時点で、ユダヤ人のグローバル精神、生得性をわかっていたがために起こしたホロコーストではないかと考えます。

なぜならばユダヤの教え「シオンの議定書」には自分たちを悲劇のヒロインと魅せたことのメリットを歌っている記述があり、また資源のないドイツで、物理的に600万人を処刑し戦争に使う燃料を埋葬に使用出来ない、そんな場所も、その当時どこにもないという指摘をウノマサミ氏などは語っています

p.192
近年のDNA解析によれば、大和人(現代日本人)は大陸由来の弥生人と土着の縄文人の混血であることがわかっている。

–>石器と土器で狩猟採集生活をしていた縄文人に、青銅式の武器を持つ弥生人は、怖かっただろう。これはユダヤから来たとされる秦氏の一族含めた イスラエル失われた10支族の話も関係ある気がします。

p.196
明治維新以降、西欧以外で日本だけがなぜ近代化に成功できたかが大きな謎とされ日本人は特別だと言う自尊感情が生まれたがこれが誤りである事は今では明らかだ

–>違いがあるとすればやはり神道といった祖先崇拝の違いなのかもしれません、
親鸞が信じるといった阿弥陀さまも祖先と置き換えられる、祖先は見てくれている

 

p.208
道徳の起源は総合監視文化人類学者は文明社会とは隔絶した地域で狩猟採集生活を続ける伝統的社会をフィールドワークしそれが例外なく平等であることを発見した。

–> NHKのテレビで昔見たんですが、稲や小麦など、、かつて弱い品種だった頃にシェアをしないと生きていけない時代がありました。豊作の地域はそうでない地域の人にシェアをする一方でそれをしなかったところは不作の時に駆逐される。

また祟りといった信仰の考え方もあったのではと思います。不作が続くと何かのせいにする。攻撃的な人間を犯罪を犯した人間を、村八分にしたり、タトゥーを入れてそれを明示化させたことも、自衛手段だったでしょうし。

総じてこの作者の著書は、とても内容が濃くて、数ページのものを延ばして、いて1冊の本にできる位ある。これは膨大な参考文献の一覧を見ることでわかる。

世界におけるIQ問題、日本人の歴史(日本人は何者か)しかり、セロトニン、睾丸サイズを絡めた日本人の特性しかり、、ああ、この人本人が、根拠あるデータを元に、日本人を中心に世界を見せて、そろそろいじめられるタコツボから抜け出して、グローバル時代に負けない能力を発揮して、羽ばたけとエールを送っていように思えました。

一方で人には感情と言うものがありまして、決して合理性だけで物事は進まないと感じています。社員が不幸に亡くなったとしても、子供が高校生になるまで面倒を見る会社があるだとか、平均年齢が70を超え90歳以上になっても雇い続ける会社があるだとか、障害者をもっと雇いたいと社長業を休んでまでも大学に教えを請いに行ったとか、そういった心に訴える会社が強くなる社会、家族主義経営がこれからの形になると確信しています。

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