せっせと歩いていると、どこからともなく、楽器の音色が聞こえてきました。よくみると、ちょうど先日100年を迎えた大阪の本町橋の船の発着場のあたり。下を覗くと、デッキ集へのこれだけ狭いスペースで約4,5人が練習をしていました。
どうみたって20席にも満たない白いイス。しかしよくよくみると、石段を利用した椅子と、上から立ち見で覗ける仕掛けなのかもしれません。
休日に音楽が流れることは珍しくなくなってきましたが、バリ島ウブドの毎日夕方になるとどこからともなくガムランの音が聞こえるように、文化的な色が街に根付くことは好ましい流れだと思います。
しかし、出張先で連れて行ってもらった自然の滝(不動滝)には勝てません。自然がつくったエリアで観光客受け入れ態勢はまったくないものの、不動明王が祭られ、癒しのマイナスイオンとみそぎを思わせる水しぶき。とても神秘的な場所でありながら神聖な場所でした。
水が落ちる音も音楽とするなら、人々は音楽から癒し効果や明日の活力、パワーをもらえると感じるのは、きっと本当で、病気になる第一の要因である精神を落ち着かせる働きがあるのだと思います。そして脳だけでなく、内臓含めた体中をリラックスさせるのかもしれません。
腸の善玉を増やす商材を扱っていることもあって、いろんな病人に接することが増えています。そのたびにブラックな企業で働いている人や、大変なプレッシャーの中で働く人は多いと思いますが、無理があると将来、必ず体につけがまわる。人生は誰のためのもの?その会社を儲けさせるだけでけだとしたら、まったく意味がないと気付いた人から、延命は与えられるのだとはっきり理解しています。
遊ぶという言葉は大和言葉で頭をからっぽにするという意味があるようです。