一休さんのとんちではありませんが
やはり山は放置しても 毎年実りができる意味は、自ら落とした種や枯れ葉などが、自らの栄養になるから。
自らの同じ遺伝子を持つ木々がある場所で、同じ細胞を持つ自分の分身が栄養に入ることで、次も実るというのが、本来の農作物にとって一番良い形なのではと思います。
本来は放置で勝手に実るのが優れた農業だろう(不必要に化学窒素で 巨大化させ 土も地下水も汚染させる手段はいらん)
ということで、落ち葉や食べ残しなど食物残渣は燃やして終わりにするのは、まったく不自然であり、活用してこその本当のサステナブルなんだと思います。
ただし、腐敗と発酵は表裏一体であり、いくら肉が入っていないからといっても、水と土だけを浴びせれば、腐敗する可能性があります。
だから人間の知恵が必要になるのだと思います。
ということで、化学肥料なし、農薬なしで種から放置して 元気に育てるプロセスがだんだん解ったように思います。







