社会のために企業はあるというのなら、国の歴史同様、国のために、未来のためにも社史を残すべき。創業者や創業地が残っている間に....35周年を迎える企業さまへの提案書を作りました。
以前にも触れましたが、その最終系です。
歳を重ねるごとに、古典に学ぶものは多いことに気がつきますし、創業者として会社を引っ張った人達、人生を極めた人達に興味を引く提案書は 、もうそれぐらいしかネタが残ってないのだとも思います。そう、提案者本人に魅力がない限り、小手先で作られた提案には よほどの合理性がないと、聞いてもらえない厳しい時代がやってきたのではと思います。現代、全ての成功事例が参考にならないという意味ではありませんが、ビジネス界においては全体的にそういう要素が強くなっていることは間違いありません。その点、スポーツの世界はわかり易く、いつの時代も人の心を打つものが多いと感じています。
マーケティングや広告の台頭の不利益?
メーカーが弱くなった理由もこれかもしれません。
家電 三種の神器以前、まさにテレビ本体を テレビ放送の幕開けと同時に売る時代が来るまでは、各メーカー、大変な思いをして地道に新しい価値を訴えたといいます。例えば松下電器はまだ認知されていない新製品を売るために過酷な年間スケジュールで全国各地に営業部隊が出向き、毎日くたくたになるまでプレゼン、自宅に帰れる日は月に数日だったといいます。その町ごとに滞在し、衣類を靴で汚しては、洗濯機をまわすなど電気製品を見せて、主婦に伝えたとあります。
洗濯板と洗濯桶が嫁入り道具であった時代、嫁は欲しくても、過去に苦労をしてきた姑を納得させるのはとても苦労したのですね。
それが、テレビの普及とともにマーケティング技術が発展し、告知が楽になっていきます。なんとテレビ広告費は業界全体で9億円(昭和30年)が3年後には150億円、スポンサー上位5位までが電機メーカーで占められる。しかもテレビが売れれば売れるほど儲かる売買ゲームという甘い蜜を味わうことになったとあります。
もっとも個人的にはその一方で失うものもあったのではと思います。いつの間にか、現場での苦労とともに得られたはずの顧客の本当の生の声が、得られなくなった…まるで今の家電量販店に顧客情報を握られている状況と変わりありませんね………
その良い例が、ハイアールの芋洗機。松下が洗濯機を顧客にアピールしていた当初から、そういう要望が多くあったそうです。そのときは、笑い話として処理。衣類を洗うものとして、芋洗い機には目を向けなかったのですが、とにかく情報を持っていた。
それが今や5年連続白物家電世界シェアトップのハイアール。
CEOの言葉には「学び続け、変わり続ける企業」とある。同CEOが創業当時、松下幸之助の本はすべて読み、稲盛和夫、豊田喜一郎にも目を通した。その組織作りや経営理念はそこから学んだといいます。さらには、今やそれらの有名や大手企業が歩んできた道のりをたどる必要はない。ITと顧客との 接点をどれだけ持ってるかか勝負とも。
まさに鉄則・鉄板! 守破離、教行信証、発心・修行・菩提・涅槃など言い方は違えど、同じ意味の教え。師匠を真似て修行して、独自のものを得て、悟りを開く・・・・
こんな風に、何事にも古文(宗教含む)には尊い教えがたくさん入っています。テレビやネットがなかった時代から人や書物で受け継がれ、人々の心に染み込み、生活を豊かにし、ときには厳しさを説き、救われるといった生きる知恵、先代の教訓が込められているのです。
それはおそらく、宗祖と言われる人や、国の行く末に嘆き、ひたすら真理を説いた人だったから、言葉が研ぎ澄まされて、伝わる言葉になっているのだとおもいます。 今だ世界のベストセラーは聖書ということもそれを証しています。流行り廃りの情報や、売行き情報、一部だけが儲けるための仕組み、マルチやプチ成功者の自慢話ではなく、多くの人に真に役立つ言葉を提案書に使うべきだと思った次第です。
解説は全て師匠に学んだものであり、私独自の言葉はありませんが、真似ながら、自分の言葉にしていきたいと思います。















