異なるから事成るよ 映像も

今日は定例のカメラマンさんの集まりがありまして、今回は京都や滋賀、神戸から10名強が大阪の大正区に集まりました。

いつもは平均年齢40歳を大きく超えていましたが、今日は大幅に下がった珍しい会になりました。同じ映像製作にかかわる人たちですから、通項はもちろんカメラやソフト、著作権など動画一色

一方でプロモーションやブライダル、VPや記録、放送など様々なジャンルに関わる多種多様な技術者が集まることで意見の衝突も当然ありまして、特に映像の基本に立ち返る発言をする若者と、それに食ってかかるベテランというとても楽しい構図の会になりました。みんな大人だし異なるは事成るだからベクトルは前に進んでいる感じでよかったです。きてくれた人とは必ず仕事につなげたいですね。

いくら映像技術が進歩し、機材が高度化しようと、結局は人が人を記録する限り、本質は変わらないはずで。。。。個人的には映像の基本というのは、心理学的に気持ちいい&伝わるものがコンテンツなり技法として受け継がれ、存続しているわけで、適切な被写界深度やカメラワークなど、古きものを探ることで、未来永劫続く技術を得ることはさほど珍しいことではないと思っています。

カメラ=あくまでも誰かの視点だと考えると、ズームしていくのはおかしいはずだし、常にだれかの視点であるべきで、小説のように視点が変わってもいいけれど、混乱させない程度にすべきだとも思います。

イレギュラーとかエラーといった突飛なことは、気をひくことが多いですが、深層心理に訴えるものはやはり、基本に忠実なものになるはずで、いや、それもこれも、結局は目的に応じて、違和感のない心地よい映像や、驚きや腹立たしいもの全部ひっくるめて、正解だから、適材適所で使い分けが必要なんだと思います。

写真は現在、京都の平等院鳳凰堂とか、興正寺さんのカラグレ中の一コマ。vlog-Lは色調整が難しい。

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