ゼロベースで知識を積み重ねられる準備は楽しい
今まで経験しないことを学ぶ行為は血流が刺激されるのでやはり脳が喜ぶ。
Youtubeで見つけた 動画でバケツ苗で米作りをしている人を見つけて、そのまま著書があるとのことで調達したのです。
が、あらためて、深い内容で驚いています。
人を観る力は 自ら養える
結局、その人の一部の動きを見れば、なんとなく全体が分かる。
本来は一つの方面だけで判断ができないのですが、複数角度からそれを見れば、だんだんと立体的になっていく
それと同じことであり、人生長く生きてくると、人と少し話すだけで、その人の質問一つで、一回の回答で、その人の全体が眺められる様に思える。
あらためて、その人の人格を知るためにはその人に会う必要もないかもしれず、その友達や関係者、本人の書いた書籍や言動をみればある程度判断が出来る。
一方で完璧な人はおらず、見る側の力によってもその人の評価が変わってくる。
特に、尊敬する人が外から眺めていた時と、近くで、一緒に仕事をするようになったときで、全然、見え方が異なるように、どんどん目の前の自らが作っていたオーラがなくなっていくように思えます。
ということで、土の基本に戻って、調達した書籍を眺めると、果実が出来る土というのは、ある一つの最終段階であり、菜っ葉が出来て喜んでいる状態ではたいしたことがない、まさにコメ作りなど、種そのものを頂く種類というのは、とても簡単でやせた土地で育つことが分かります。
天は生きるための食べ物を難しくは作っていない
なんちゃってグローバリストの農薬や雑草枯らし、薬漬けしなくても、そもそも やせている土地だからコメができるということを、コメ作りでむちゃくちゃ無駄なお金を払って苦労している農家とは真逆の知識を得たように思います。