自分の記事に救われる

毎日書く記事、ネット社会は生きた証にもなる?!

ネットでものを調べるのは、スマホが一般的になった今、老若男女 すでに日常茶飯事となっています。

最近はAIを使って、より話し言葉で答えをもっと簡単に導き出そうとする流れも増えています。

映像編集の中で久々、動画に子画面を作ってそれにドロップシャドウをつけたいと思ったときになぜか上手くいかず、ネット検索したというのが 本主題の元です。いつものDavinci Resolveです。

検索結果には、そんなこと解っていると思われるテキストへのドロップシャドウのやり方も含まれ、またYoutubeで答えを作っている結果も出てきました。

が、急いでいる時に動画でその答えを見るには敷居が高く、結果的には、ブログ記事を選びました。

 

どこかで見たタイトルだなぁと思ったら

自分の書いた記事だったとうことで笑ってしまった次第です。

あらためてつまずくところというのは、文字を書くことで本来なら脳裏に刻まれるはずですが、やはり紙と鉛筆でなかったため?か、思い出せず、それでも過去の自分に感謝したい結果になって苦笑しました。

そういった意味では、いろんなものに忘備録として残しておくことは、未来への自分への仕送り&投資にもなることを確信。

それと同時に、映像で残すという行為自体が、例えば先日の京都祇園祭や生魂さんのお祭りとか、ソーラーパネルで北海道が覆い尽くされて気温が猛暑になるという あほな政治行為そのものの 主要因を未来の人々へ証拠に残すという意味も含めて、かけがえのない 貴重なことだということが解った次第です。

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