PCも国産選びする時代
要はタッチができて直感でペンで書けて、Youtubeを何枚も開ける、airより軽いLooxは最強だと感じた次第です。
もちろん世界NO1の売り上げを誇るアップル企業にこれ以上、日本人がお布施する必要もないし、未来の日本人の為にも頑張っている国産を選んで欲しいということもあります。
<映像づくりの変化?今後の考察>
4K映像をリアルタイムに3本、4本と編集したいという人は少ないと思います。
まさに世の中、性能はあればあるほど欲しいという時代は終わったように思います。
何よりも、スマホやタブレットでさえ、4K映像が編集できる時代、ユーザは何を求めるでしょうか?
主張の多いテロップだらけのコンテンツは見やすいがひつこい。作り手もしんどい。
これはテレビがスポンサーのためのビジネスでやっているから。
相手の大きさに合わせて大きさを返るお箸とは真逆の、ナイフとフォークで俺に合わせろの欧米流。
まさにニュースでさえ、不平等にコントロール出来るし、選挙の当選有無でさえテレビ局がコントールできる可能性がある。なぜなら自身で結論が出せない情報の少ない環境下では、露出度の有無が結果に関係することが多いから。
良い絵画が、作者が8割、残り2割が閲覧者で100%完成するというように、本当に良い映画は、監督の意思を視聴者が考える隙間なく押しつける欧米式であってはならないと思います。
正義が勝つ欧米流とくらべて、悪役にも善があるところの視点をつくのが伝統的日本流。手塚アニメ含めてなんとなく全体的にそんな感じがしています。
これは中華料理がまずい食材をベースに、味を加えて加えて、素材の悪さを解らなくしてギトギトにして誤魔化すのと同じ。そういえばRCEPでスタートする輸入物のスイカには赤色何号を注射する企業があるようで要注意。
一方で、素材が良い日本の料理
はむしろ引き算だから、その食する人の舌や経験、感性で味わいが変わるし、好みに合わせてユーザが味つけする猶予がある。
強引に映像にもこれをあてはめてみる。映像にこれでもかと味つけをするよりも良い素材を素直に閲覧者にぶつけることの方の意味が大きいと思う。
従来は回線スピードや費用、機材の問題があったけれどYoutubeLiveなどのおかげで、素材を加工せずそのまま見せるような仕組みができるようになった。
だから素直に、意図がねじ曲げられないライブが、ユーザ側が早送りや先送りが自由にできる配信映像が、今後発展することが想像できる。
あくまでもこれからは、閲覧者が考えて何かアクションを起こすヒントに映像はなるべきジャンルがあると感じています。