その場所がどこであったとしても
人といっしょになる、家族に報告する、仲間と分かち合う といった三原則。というと大げさながら、人間の本質、かつ生きる上でごく自然の行為であり、永続的に人間社会が続くための秘訣であり、儀式なんだと学ばせて頂いた撮影でした。
特に牧師さんが立つ協会の中は、ステンドガラスではないけれど、黄色と一部白のガラスが外光に向かって張り合わせて合って、時間の経過が解らないぐらい同じ暖色に照らされ続けたという感覚をその場の大勢と共感しています。幼稚園併設するために、1枚扉挟んだ10歩先からは、子供達の弾ける笑い声や、地面を駆ける音、仲間とのひと時をめいいっぱい楽しむ声が心地よいBGMとして、我々を包んでくれました。
普通のビデオカメラなら
明らかに黄色に転んで、顔を補正すると色が微妙になるはずの映像も、ログ撮影なら、逆光さえも味方につけて、黄金色に輝く金色を表してくれた気がします。もちろんDavinciResolveの威力も大きいのですが。
ある種、スチル専用機よりも、空気を捉えられている気がしていて、なぜか10bit設定にもしてなかったGH5のログ撮影の不思議を感じましたが、浅いピントは不要であり、広いラチチュードと太陽光の柔らかな冬の光線がいろんなショックを良い意味で吸収し調和し表現してくれたのかも、と思えました。
映画的と言われる撮影方法は、これからは、生中継やテレビ会議など、いろんなジャンルにコモディ化(格安ゲリラ展開)される予感がしていて、ワクワクしています。なによりも必要な技術はしきたりや、儀式のルールそのものを学ぶことだと反省も同時にした学びの多い日でした。にしても教会の聖書が示す紙面が「箴言(しんげん) ダビデの子、イスラエルの王」で止まっていて・・・絶対新型コロナウィルスの元凶?(苦笑)