自然の摂理に合わせた行為で物事は発展する

台湾北東部の地震、福井の積雪・・一日も早い復興、復旧を願っています。

3/11の東日本大震災で中国政府に配慮して、最初にかけつけてくれた台湾の援助隊をなんと2日間も受け入れず、国民の命より政治を優先させた残念な時の官僚・政治家たちが牛耳る日本ですが、台湾人口ひとりあたり千円近い、総額200億もの義援金をしてくれたことは、案外知られていません。

友好の証は台湾の良い未来に貢献したとされる後藤新平さん含め、先人達が創った関係は、時代を超えて今も受け継がれているのだと思います。

この寒い中、23時を超えて淀屋橋 中央公会堂前を流れる大川に、鴨?がたくさん浮かんでいる姿をみて「陸に上がらなくて大丈夫」と不思議に思ったものですが、そもそも自然の摂理は、たかが人間が小さい頭をひねったところで理解したり、太刀打ちできるものではなく、むしろ自然に寄り添った行動をしなければ崩れてしまう(天罰含む)という感覚を最近は思い知らされることが多いです。

小学生ホームレスが数千人もいると言われるサンフランシスコなど、使いきれないほど儲けてもさらにむさぼる強欲な人が住む国は、ゴールがお金だから終わりなく、まるでゲームになってしまいます

本来は志がゴールならば達成したら次のテーマ(社会問題)に向かう方が満足度が高いのに、残念なことです。これはアメリカの医療制度や格差に表れていますが、インサイダーがすべての株式のように、金持ちが情報を支配してさらに儲ける仕組みは、いずれ崩壊することは目に見えています。

自然の摂理に寄り添い人を学び人がやるべき行為を考え、実行することで、例えば進化しないと思えたメモなどの文房具さえ、まだまだ進化し、人々のココロを捉えられるのだと感じる次第です。

 

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