カメラマン

この映像を見て何を感じるだろう。職業柄、ついつい、スピーカーよりもカメラマンに視線がいってしまう自分がいる。

image

ネットニュースからSurfaceイベントシーン写真引用

この不自然な中腰の辛い体制で、重いカメラをかつぎ、スピーカーに寄り添い、レンズを向ける。これだけでも罰ゲームのような重労働なのに、どこまでリハーサルが出来ているかわからないイベントの中心で、不規則な動きに追従し、中継を続ける。

記録媒体への収録は今やバックアップでしかないかもしれないが、後編集を考えた画角や撮り方と、視聴者向けのモニター出しの撮り方は違うはずだが、今のニュース素材は待ってくれないから、きっと両方を兼ねているだろう。

イベントが世間の注目を集める巨大なものであればあるほど、孤独な仕事には緊張が走る。特に製品がタブレットなど小さいものであればあるほど、ブレや 傾き、ピントなど手持ちの撮影の不安がつきまとう。もちろん場慣れしたベテランであることは言うまでもないが、突然の不意のマニュアルフォーカスとズームを強いられる緊張感はただならぬものがあるだろう。

image

ネットニュースからSurfaceイベントシーン写真引用

もっとも、タブレットやスマートフォンの中身だけ、画面だけのデータはカメラの位置とは無関係にモニター出しされているだろうが、カメラマンに今、どちらの絵か知らされたとしても、 何がおこるかわからない中、休む暇はないだろう。

しかし映像業界は、いったい、いつまで重厚な装備が必要なのだろう。バッテリーだけで軽量化を競うタブレットぐらいの重さがある。もっとも、ハンディカムのような小さいものは、来場者がある場合、違う理由で、例えばチープに見えるとかということもあるだろう。さらには間に入る、広告代理店やイベント会社がクライアントからお金を取りにくくなる ということもあるだろう。

ミキサーやガンマイクといった 音声機材も同様だ。需要が少ないことから、機材の価格高止まり、支えなしでずっと ガンマイクを 向けて腕しんどくても頑張れ みたいな その撮影スタイル自身がプロの映像制作の美学と思われているきらいがある。

100歩譲ってそうであっても、腰痛で老後の生活を大変にするような体制は良くないと思う。なんとか受け入れ側も、機材メーカーも、業者側も一体となって、現場を楽にし、技術のみを対価評価の対象にしてもらいたいものだ。

安定=重さ と安易に終わらしてほしくない。
現代の省電力、環境に優しい、高齢化時代、だからこそ、一から考え直す時期に来ているような気がする。

コメントを残す