シャッターチャンスって何だろう!?

レンズによって特性が異なる

当たり前の話ですが、素材があれこれあった場合、特に桜を撮るにしても、全体の情景を見せたい時と、人の眼に近い目線で見せたい時、そしてマクロのようなアップで詳細を描写したい時があるかと思います。

もちろん映像は音声も収録出来るので、絵はさておき、鳥の今の美しい鳴き声を今すぐに収録したい時もありますから、やはり偶然のシャッターチャンスを逃さぬ様、眼も、耳も、いや五感全体を研ぎ澄まして撮影に集中するのが良い結果が得られるのだと思います。

 

やはり奇跡は準備をした人にだけ起こる

まぁ奇跡を体験したわけではありませんが・・・、奇跡は99%の努力をするから、1%の神の手が入ると考えないと、何もしないのにお金持ちになることを願う修行放棄した人が後を絶たないかもしれません。

チャンスがあっても撮影技術がついていかないと、通り過ぎてしまう。

やはり神さんの立場になれば、その人にお金や財産、人材を与えるにせよ、よりよく社会のために使えるなら持たせてあげると考えているはず。宝くじで当たる人もいますが、それはむしろ、苦難に耐えられない人が恵んでもらっていると感じています。

そう考えれば、例えばビジネスにおいて、お金は多くの人を幸せにすれば喜びの対価として、お金が集まるだけであり、自分だけの私利私欲なら、動物霊的なものに憑かれて明日とか近い未来のことは見えるから博打うちにはいいのかもしれまえん。でも彼等は憑依して悪さをしたり、儲けてもすぐに使い果たして、一文無しになることは目に見えています。

 

お金もシャッターチャンスも同じ?

音楽が降りてくるアーティストも、劇作家も、漫画家も、絵描き全部共通して、多くを幸せに出来る人にこそ奇跡が与えられるものなんだと思わざるを得ません。

話は大きくそれましたが、幻想的な映像、特にスローな非現実的な方がなぜか良い。その映像を元にじっくり考える思考時間があって味わい深くなるからのような気がしています。映画も間が多い方が、自分に置き換えられる時間が作れるし、日本の絵画も、見る人で100%完成させるらしいので、結局は「和合」が少なくても日本人の向うべき修行なのかもしれません。

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