リアルなバラエティー番組
活気のなくなった大阪の証券取引所でモニターに映る国会中継を眺めていたら、やはり大阪の学校法人「森友学園」への国有地売却問題がヒートアップ。
くだらないとはいわないけれど、国の進歩を止める無駄な争いに多くの税金と優秀な脳みそが使われ続ける政治のバラエティー化に涙が出そうになります。
それと対照に紀元前の話ながら、燕、趙、斉、宋、周、韓、秦など過去の王朝の歴史を重んじつつ、領地や国を富ませようと励んでいた戦国時代の中国は、日本の戦国時代とはまた違った趣と威厳があった国だったことが解ります。
楽毅(がっき) 宮城谷 昌光著の文庫本第二弾の感想
前回の第二弾、宮城谷さんの筆力でいくつも感動した文言はありますが、中山国の宰相の子供であった楽毅をテーマに、現代人が知るべきスパイスを見つけました。
1.辞を低く腰を低くした者こそ、あるいは天からもっとも離れたところにいるものこそ、、天の高さがわかり、天の恐ろしさも、恵みも、わかるだけに、てんゆうを受けられるのだろう。
先日の中庸で学んだように、物事には何らかの解決方法と、人材が用意されてるはず。だからこそ、様々なことに感心を持ち、アンテナを大きく、高く張り隠されたパズルのピースをはめてゆくのかもしれません。
天の意思を受け取る心と行動に、天佑が宿るのかもしれません。
2.つねに自分の心身を鍛えていないものは、、環境の激変にぶつかると、かえって思考が停止するか、、暴走するものでえる。
北朝鮮がもっともいい例。弱い犬ほどよく吠えるとか、直近の人間だと籠池泰典氏とか威圧的だけど脳みそが小さい?!元東京都知事なんかがいい例ですね。
トピック抽出(一部割愛引用)
p63
仕えたい君主を過去に求めると、斉の桓公カンコウであり、晋の文公ブンコウ。徳政に、凝り固まっておらず世を正すことにおいめ武をはっきり用いた。使う時に使うのが武力である。
P82
にわかに孫子の教義があきらかになった。戦いは戦場にあるばかりではなく、平凡に見える人の一生も戦いの連続であろう。…相手にさとられないように戦い、それでこそ敵の運命を司ることができる。真に兵法を、知るとは、そういうことである。
p94,95
そのことは古代からいわれている必勝法なのである。現代に、倒れる酔っている人々は古人の知恵をつい忘れがちになる。現代にあって古言や古事を、学ぶことは知識を豊かにする以上に、おのれのいたらなさを知ることになり、むしろ、学問の真髄とは、そこにあるといえる。
p146
ものごとが満つる数は十だ。
p153
..国難は人の虚飾をはぐ
….信念の根底には中山あってのわしよ。という、かくたるものがあり、
p169
身をただすということは、まず名を正すことなのだ。名がみだれれば
身を修めることも国を治めることもできない。
p232
天下の才へ天下のために使うべきであり、それが、天意というものであろう。
p260
城が人を守るのではなく、人が城を守るのである、この城を守り抜いてどうなるのか?と城兵かわ未来に希望を失った時、城は落ちるのである。
p268
中山に天佑があった。
–>斉王が亡くなり外交の、きっかけが戻った。
p272
身を卑くし(ひくく)弊を厚くし、もって賢者を招く。
辞を低く腰を低くした者こそ、あるいは天からもっとも離れたところにいるものこそ、、天の高さがわかり、天の恐ろしさも、恵みも、わかるだけに、てんゆうを受けられるのだろう。
p290
つねに自分の心身を鍛えていないものは、、環境の激変にぶつかると、かえって思考が停止するか、、暴走するものでえる。
p311
斉の軍師が、楽毅の人格にふれて中山の存続に尽力したことを、受けて、。
人は力で押すことの方が反発がある。
p354
敵国で学んだ楽毅は、中山の、群臣の中で唯一、、向上心を失わず、、国家に対する危機意識を人に先んじてもった人であるといえる。
歴史を知ることによって、自分の向こうにある、自分が見えてくる。