AIの限界 身体を持たず、相手の痛みが分からないわけで

人間の知識を超えても智慧は得られない

今日の勉強会の途中で、難解な禅の本のごく一部を、ChatGPTに読み込ませたようです。
やはり宗教的なものをAIに読み込ませても理解不能ということが解ります。

そもそも身体を持たず、相手の痛みが分からない。

そして自ら体験して会得することがないから、相手の苦労も解らない。その難しさも困難も責任ももたないAIなわけで・・・・

どっぷり依存する人が増えているようですが、この程度で解ったふりをするヤカラばかりが増えると、本質を見誤る。なかなか恐怖な劣化時代がやってきますね。

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三志多さん、Chat GPTに読ませました。
要点をまとめると、かなりあっさりしてしまいますね笑

第四講の要点は、次の5点にまとめられます。

  • 三菩提とは「正覚」であり、言葉や知的判断では表現できない。
  • 三菩提は知識として理解するものではなく、直覚・個人的体験によって自覚するものである。
  • そのものを本当に知るには、そのものの中に入り、そのものになりきる必要がある。
  • インド禅は神秘的・想像的に三菩提を表し、中国禅は問答や働きによって具体的に表した。
  • 禅の本質は具体性と創造性にあり、物の中にいて物に囚われず、自分独自の生き方を創り出していくことにある。

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