大阪のネオンと進化の意味

image12月恒例となった御堂筋の照明。青や赤、そしてグリーン。最後の青色LEDのおかげでフルカラーが可能になった。

業界としてはまだ青色ダイオードの光が弱いらしく、進化させたいとのことだが、確実に時代は進歩している。

一方で薬は退化しているように思える。昔の医者は、自身が病原菌をもらって、相手の病を治していたから、というか、自分にうつしていたからとても神聖で誇り高き行為だった。だから大抵は子供か孫に未熟児や、障害者が生まれることはなんら不思議ではない。菌を自分の遺伝子に入れるわけだから。

でも現代に目を移すと、はたしてどうだろう。40兆もの国の歳入ほどの薬代含む医療費は、国を脅かし、庶民を癒すどころか薬漬け状態にしている。糖尿病患者を見つけたらそりゃ、ウハウハである。月40万、50万が国から確約されるのだから、助成金をもらうより手っ取り早い。

image薬品会社では診療報酬を効率的に上げるための勉強が進み、不景気な時代であってもタクシーを使うのは医療関係者がほとんどという。

改めて医者や薬屋の使命はいったいなんだろう。とても重く感慨深いテーマである。

今日、癌の方と食事を共にしたが、とても明るく元気だった。アメリカ人がわざわざ日本に買付にやってくるほどの天然バイオのおかげもあるが、モルヒネとか、科学を諦めてお金持ち人だけが一応人間らしく人生を終えるとされるホスピスと 比べて、なんともこちらは素晴らしい人生だと思う。

さらにエピソードを重ねると、医者から余命15日といわれた患者が、15日で退院した事例もある。天然のバイオのおかげである。やはり人間は微生物で出来ていて、科学はあくまでも対処療法だということ。そもそもその人が持つ自然治癒力を活かすのがベストであって、薬と言われるものはそれを補う程度の天然素材で十分なのだ。
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病は気から。まさに教訓であり真理である。昔の人はよく言ったものだ。ガン細胞は誰にでも流れていて、それがある検査段階で、一定数量を超えたかどうかでたいそうな病名があてがわれる。なぜか個人差があるはずの病気だけれど、薬の量は個性に関わらず一定。違う視点でいうと、決して宗教法人から高価なツボを買ったら治るというような安易なものではない。^_^

例えば便秘薬を飲み過ぎると便秘依存になるのもしかり。身体を甘やかしてゼンドウ運動を退化させるようでは、やはり医療はこ進化しているようで退化しているこimageimageとは間違いない。

 

あぁ、無常。

南無阿弥陀仏。^_^

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